静岡陸軍墓地|御英霊の眠る場所|静岡愛國

「静岡陸軍墓地 御英霊の眠る場所」

静岡市葵区沓谷2丁目、徳川家所縁の蓮永寺に隣接した場所に陸軍墓地があることをご存知ですか?

私も大好きな靜岡縣護國神社は知っていても、陸軍墓地をご存知の方は、意外と少ないのではないでしょうか?

静岡陸軍墓地は、日露戦争に従軍した静岡歩兵第34連隊(通称:橘連隊)から支那事変・大東亜戦争までの御英霊と第一次大戦時の捕虜で日本にて病死したドイツ兵が眠る墓地です。

静岡歩兵34連隊とは、詳しくはウィキをご覧ください。

静岡歩兵34連隊とは

静岡歩兵34連隊で一番有名な人は、軍神 橘中佐です。「橘中佐」という軍歌まであります。

現在、静岡県御殿場市の板妻駐屯地に駐屯する陸上自衛隊第1師団隷下の「第34普通科連隊」は、大日本帝国陸軍歩兵第34連隊(静岡)と同じ連隊番号と、橘周太中佐の日露戦争・遼陽会戦での活躍に因む通称「橘連隊」を継承しています。

また敷地内には、第一次世界大戦時のドイツ兵捕虜の墓もあります。

ドイツ兵捕虜と聞いて一番有名なところは、「板東俘虜収容所」が挙げられます。亜細亜で最初にベートーヴェン「第九」が演奏され現在まで日本に根付いています。

「板東俘虜収容所」についても、ユーチューブで「国旗の重み 板東俘虜収容所」がアップされているので興味がある方は覗いてみてください。泣ける良い話です。

さて、静岡のドイツ兵俘虜について少しエピソードをお話しします。

ドイツ兵俘虜は、静岡師範学校のグラウンドへ来てサッカーをしていたようです。

同師範学校の蹴球部創設メンバーはドイツ兵からサッカーを習っていました。現在の「サッカー王国静岡」は、実はドイツ兵仕込みだったのかもしれません。多分そうだと私は思います。

墓地にある墓は、海軍砲兵であった「マタイス」が脳膜炎のため死亡しため埋葬されたもので、当時の俘虜一同で墓参りもしています。

また、現在もドイツ政府は大使館を通じて、マタイスのお墓の維持管理を地元町内会に依頼するなど祖国の英霊を大切にしています。

現在、静岡陸軍墓地は地元の自治会による善意で定期的に維持管理され、また、静岡保守の会有志、或いは地元有志の清掃活動で、今も清潔に保たれております。

靜岡縣護國神社にて、自衛隊関係者の方や政治家の方々をお見かけする機会がありますが、陸軍墓地の存在があまり知られていないためか、残念ながら陸軍墓地にお参りされる方をお見かけする機会はあまりありません。

ぜひ、陸軍墓地の存在を知っていただき、護國神社へ参拝の折には、ほんの少し寄り道をされて陸軍墓地にもお参りして頂けますように願っております。

長くなりましたが、最後に少し心配事があります。静岡市の都市計画道路で唐瀬街道の延伸計画があります。「構想路線 谷津山南北道路」と言う道路です。

陸軍墓地のあたりをどうも通過しそうな位置関係なのです。もしも、道路と墓地が重なれば、撤去されて無くなってしまうかもしれません。

辺野古のように道路計画に反対するようなことは致しませんが、官有地なので道路を通しやすいといったような安易な理由で、陸軍墓地の御英霊を傷つけるような計画だけはしてほしくないと切に願います。

近くには、大河ドラマ おんな城主 直虎で有名な、今川家を支えた女傑「寿桂尼」の墓所もあります。ぜひ一度、お参りください。

ペンネーム 静岡愛國


P.S もっと色々な画像を見たい方がいらっしゃる場合、下に掲載しているので、ご覧ください。