静岡保守の会|会報平成30年1月号

静岡保守の会|会報平成30年1月号


昨年三月発刊の「多田駿(はやお)伝」を読みました。多田は昭和一二年の盧溝橋事件直後から南京占領の一年後まで参謀次長を務めた軍人です。

参謀本部と陸軍省とは別の組織となっており、陸軍省(陸軍大臣)が内閣の一員であるのに対し、参謀本部は直接天皇に隷属し、作戦の立案などに当たるとされていました。

海軍にも同様な組織、軍令部があります。多田が参謀次長であった期間、その上の参謀総長は閑院宮(かんいんのみや)様であられたので実質上のトップは多田でした。

盧溝橋事件後、大陸で日中(日支)の戦闘状態が続く中、日本の対中方針を巡って、蒋介石勢力を一撃で打ち破り早期に戦争を終結させようとする「拡大派」と、それを不可とする「不拡大派」との激しい対立が起きていました。

ここで不拡大を唱えたのが石原莞爾参謀本部作戦部長と多田参謀次長で、戦線拡大を強硬に唱えたのが石原の部下である武藤章作戦課長、米内光政海軍大臣、廣田弘毅外相でした。

今まで、東京裁判ではどういう理由で戦犯が指名され、量刑が決まったのかよくわかりませんでしたが、この本で武藤章、廣田弘毅の名前を見つけ、こういうところに理由があったのかなとも考えました。

また今では戦争に反対した良識派と語られている米内光政が、世界大戦につながる、そもそもの事変拡大を強硬に主張していたことに驚きました。

ともあれこの「多田駿伝」は傍証に多くの資料を読込み、著者が若いこともあって、旧い戦後史観に囚われず公正に書かれた好著です。

この書からは離れますが、つくづく残念に思うのは殉国七士中、ただ一人B級戦犯として処刑された松井石根大将です。

多田駿大将が中国人を下に見てはいけない、中国人から悦服されるよう親切に努めなければいけない、としながら中国人には日中友好を装い、いつわって泣訴哀願する者もいることに気を付けるよう戒めています。

これに対し、松井大将も高潔な人柄でしたが、まったく手放しの中国好きでした。

松井大将は中国人および中国の文物を熱愛しながら「日本人は(先に文明開化した)兄として(弟の)中国人を大切にしなければならない」と説く。

これはまったく中国人の思考を理解していない、昔の日中友好論者です。中国人、朝鮮人は金輪際、日本人を弟とは見ても兄とは思いません。

また戦闘においては日本軍兵士に不満を抱かせる命令を下しています。南京城壁の一角をなす紫禁山の占領を命じながら、この中腹にある孫文の記念碑の建つ中山陵への攻撃を、その愛情から禁じました。

ここには中国軍の観測所があり、この中山陵に攻撃できないために日本軍に多くの損害を強いたのです。

南京占領後も、日本兵による無人の家屋からの家具の持ち出し、武器の鹵獲について、たいしたことではないのにと言う師団長や司令官にたいし松井大将は激しく叱責をしました。

そして部下たちの冷笑へのいらだちが次の「涙の訓示」となるのです。

『南京入場ノ時ハ誇ラシキ気持チニテ・・・本日ハ悲シミノ気持チナリ。(南京入場後の)五十日間ニ幾多ノ忌マワシキ事件ヲ起コシ、戦没将士ノタテタル功ヲ半減スルニ至リタレバナリ、何ヲ以テ英霊ニマミエン』(慰霊祭当日、松井大将の訓示を書き留めた上海派遣軍参謀長、飯沼守の日記)

この涙ながらの訓示が、今でも虐殺肯定派の「松井大将が大虐殺を認めていた」とする論拠になっているのです。

東京裁判に於いて松井大将は「供述書」を提出しています。いまそれを読むと「この人は自分がなぜ訴追されているのかわかっていないのでは」と錯覚してしまいます。

一万二千字もの供述をしながら、肝心の南京事件については贅(ぜい)せず、として書かない。

憲兵隊長から非行の報告を受けたと書きながらその内容については記さない。大した非行ではなくても判事たちはこの「報告」を殺人や強姦略奪の報告だと思ったはずです。

戦前に広く読まれた「蒙求(もうぎゅう)」という中国の古典があります。そこに直不疑という人のことが書かれています。何人かで役所の宿直をしていると一人の財布がなくなっています。直を疑い問いただすと直は謝まり現金を返しました。

ところが実際には出張に出かけた人間が間違って人の財布を持って行ったのです。出張からその人が帰り、直の冤罪が晴れると直は有徳の人であると言われるようになりました。

論語に言う「人焉んぞ?さんや(ひといずくんぞかくさんや)」正しいことはいつかはあらわれる、という東洋思想でしょうか。松井大将もこの蒙求と同じ価値観のなかで生きていたのでしょう。

大将は「言い訳はしまい、天神地祇は見ておられる」と従容として刑に服したのでしょうが、西洋人たちにその気持ちは通じなかったようです。

そして中共や左翼はそれを利用し、今日本人は冤罪に苦しめられている。残念に思うばかりです。




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