「ポーランド・リトアニア旅行帰朝報告会」|会報 令和元年8月号

「ポーランド・リトアニア旅行帰朝報告会」

 7月27日の保守の会定例会で「日本・ポーランド国交樹立100年記念ツアー」に参加したことを報告しました。

 井上和彦氏と同行で40名もの大旅行団でしたが、ポーランドの方々の日本への愛情に驚きました。道を歩いているとスクールバスの小学生たちから「ヤポン、ヤポン」と手を振られたり、ワルシャワから一時間の郊外、チェレスティヌフ郡では郡あげての歓迎、同在小学校生徒たちによる「君が代」の合唱には、ツアー参加の皆、不覚の涙をこらえることができませんでした。

 
1.ショパンの銅像の下でピアノ演奏会

数千人もの聴衆が私語なく静かに演奏を聞いています。

 
2.ワルシャワ大学ルトコフスカ教授の講演

我々でさえ知らないエピソード。日本・ポーランドの友好は日本によるシベリア孤児の救出に始まると思っていたら、それ以前の日露戦争当時、後に独立の英雄になるピウスツキが来日して軍事協力を結んでいたこと、また第二次世界大戦中、ポーランドは日本に宣戦布告していたにもかかわらず、裏面では日本に情報協力していた事などをポーランド人から教わりました。

 
3.日本から40人も来るということで、講演会(シンポジウム)には他の大学の教授たち、博物館館長、チェレスティヌフ郡長ほか一般のポーランド人まで聴講に集まりました。

 
4.チェレスティヌフ郡地元有志による歓迎

 
5.みつばちマーヤの格好で歓迎してくれる「シベリア孤児記念小学校」の子供たち

もともとシベリアにも孤児にも関係ないのに、シベリア孤児の歴史に感激して校名をつけたそうです。このあと別の子供たちがシャツにポーランドと日本の旗をつけて君が代を歌ってくれました。

 
6.ドイツ軍とポーランド国内軍との激闘があったカンピノスの森

連合軍機がワルシャワ市民の為に武器を投下する地点でしたが、ここを守っていたのがイエジキ部隊です。そしてその隊長こそ日本軍によってシベリアから救われた孤児のひとりイエジ・ストシャウコフスキだったのです。
イエジキ部隊の慰霊碑に献花と黙祷。

 
7.ワルシャワ蜂起のがれきから復元した世界遺産の市場広場

 
8.ワルシャワにはワルシャワ蜂起博物館と軍事博物館のふたつの大きな戦争博物館があります。

日本では考えられませんが学校で子供たちを連れてきたり、母親が女の子に国を守ることを教えています。
またポーランド軍の軍旗が4条の旭日旗でした。

 
9.美しいリトアニアの風景

 リトアニアのカウナス領事代理であった杉原千畝は実は諜報活動をしていたのだとポーランド人研究者が語っていました。

以上が旅行の概要です。ポーランドもリトアニアも美しい国でした。




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